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オイゲン・ヨッフムのCD part2 [音楽]

前に書いた記事から間が開いてしまいました。

 晴れて我がものとなった、私の最初のLPのその内容はといえば、それは素晴らしいものであった。
私はその後今に至るまでに聴いた「田園」の演奏の数は数十あるが、未だにこのヨッフム/ロンドン盤は私の中でトップに君臨し続けている。
 数え切れないほどの「名演奏」がある名曲のこと、異論・反論が多々あることは百も承知の上で、私は人から、「田園」を聴きたいのだがどのCDを聴けばよいか、と聞かれたら今でも即座にこの演奏を挙げている。
(注: ただ惜しむらくは、現在この演奏のCDはきわめて入手困難である。こんないい演奏を、メーカーはなぜもっと大々的に出さないのだろう。)

 ところで、この記事の目的はヨッフムという指揮者についての私の個人的な思い出を記すことであった。

 さて、私はこのLPを繰り返し聞きながらあるとき、そのジャケットの文字の部分に目をやった。
 EMIから発売されているLPだったので、もちろん言葉は英語だった。

「べートーベン 交響曲第6番 田園」
 まず、こう英語で書いてある。 ちなみに "pastoral" という単語をこのとき覚えた。

「ロンドン交響楽団」
 中学2年生だったので、これも英語で何とか読めた。

 問題はその次であった。
 どう考えても指揮者の名前であるその行には、こう書いてあったのだ。

Jochum.jpg
(残念ながらこの画像はここで書いているLPのものではありません)

 例えようのない違和感と混乱とで、軽い目眩を起こしたこの瞬間のことを、あれから30年以上経った今でも、私はありありと思い出すことが出来る。
 ・・・ ここにはヨッフムという指揮者の名前が書いてあるはずではなかったのか?
 ・・・ レコード会社が、誰か別の指揮者の名前を誤植したのか?
 ・・・ いやいや、そもそもこれはアルファベットか? 
       アルファベットに似た別の文字体系ではないのか?


 頭の中を、こんな混乱が駆けめぐっていた。

 そう、当時まだ学校で英語を習い始めて日の浅かった私にとって、仮にこれがアルファベットであるとすれば、さしずめ「ユージェン・ジョーチャム」くらいの発音しか、その字列からは浮かんでこないのであった。
 でも理性的には、ここには「オイゲン・ヨッフム」と書いてあるはずだ、と思う。私は、この「ン」と「ム」しか重ならない、現実と理性の絶望的な乖離の中、いま目の前にしている、確かにアルファベットで書かれているはずの文字が、何かハングルやアラビア文字ででもあるかのような、そんな錯覚すら覚えていた。

 結局この問題が最終的に解決するのは、大学の教養部でドイツ語を学んだ時であったのだが、そのときに至るまでの数年間、この 「オイゲン・ヨッフム読み方問題」 は私の中で折に触れ頭をもたげては、何か不思議な感情で私をとらえ続けたのである。
 そして、後で考えれば、この時が、私にとって英語以外の外国語に目を開かれたときだったのだ。

 「読み方問題」が解決されるときがやってきた。大学教養部のドイツ語の授業である。
 私が学んだ大学は国立の単科大学であるが、教養部ではドイツ語が必修という、なんか旧制高校みたいな古色蒼然たるカリキュラムが当時はあった。(ちなみに現在は変わっています。念のため。)
学生は私を含め、ほぼ全員がドイツ語は初めてだから、授業はABCの読み方から始まるわけだ。
 ちなみに最初の授業の冒頭、そのとき教わった先生が、「まずドイツ語とはどんな響きの言葉なのかを聞いてくれ」と言って、シューベルトの「冬の旅」を教室のラジカセでかけたことが、なぜか鮮明に頭に残っている。
 授業は進み、ドイツ語の綴りの読み方に入る。そして何日かしてその単元が終わる頃、私の「読み方問題」はきれいに解決されていた。
「EU」も、「GEN」も。
「JO」も、「CH」も、「UM」も。
 この日をもって、「EUGEN JOCHUM」という指揮者の名前は、私の力で、間違いなく「オイゲン・ヨッフム」と読めるようになり、またあのLPも初めて疑いなく、この指揮者のものであることになったのである。
 (ついでに、このとき解けた謎がもう一つあって、それは近所の酒屋さんに貼られていたビールのポスター 「レーベンブロイ」 の読み方であった)

 そしてこの「読み方問題」の解決は、私にとって一つの扉が開かれた時となった。
 医学部というところに入った私ではあったが、医者になるための勉強を始める前に私はまず、世界には英語以外の言語があること、アルファベットは英語の専有物ではなく、それぞれの国の言語に特有の文字の読み方や文法があることを知ったのである。今にして思えば当たり前である。でも、当時の私には感動するほどに新鮮な、新しい世界への開眼であった。

 後に専門の勉強が始まっても、この「開眼」が私にもたらしたものは、多くの場合好影響を及ぼした。
 医学生にとって苦行であるはずの、数千に及ぶラテン語の解剖学用語の理解と暗記は、私にとって一つの楽しみになった。ドイツ語を習ったときと同じように、ラテン語にはラテン語の読み方、文法があることを知り、それに触れられることになったからだ。
 後に入局した教室で、毎年訪れる中南米からの研修生とコミュニケーションを取りたくて、スペイン語を勉強した。英語をほとんど解さない彼らに対して不満と不便を述べる人が多かったが、私には、もう一つ新しい世界が開けるための機会と映った。

 私は英語によるグローバリズムというのは一つの時代の流れであって、これに対して神経過敏になるのはどうかと思っている。それを言えば、古代ヨーロッパにおけるラテン語の支配はおそらく今の英語支配よりももっと強力なものであり、これによって跡形もなく消え去った言語がいくつもあったというが、これがヨーロッパにとってマイナスであったかと言えば、それは立場や見方によるであろう。
 ただし、グローバリズムというのは、末端の人々の日常生活を急激に改変できるわけではない(100年後のことは私にはわからないが)。 少なくとも現在、世界は英語だけで動いているのではない。 私だって、自分の狭い専門分野の仕事をしているとき以外は、英語は読まないし聞かないし書かない。 論文ならともかく、子供の作品を見に行ったり、雪の中で遊んだり、ケーキを作ったりしたときの様子を、英語で言えと言われても私には100%無理である。 同じ理由で、ドイツ人も、スペイン人も、コロンビア人も、エクアドル人も、エルサルバドル人も、みんなが英語がしゃべれるわけではなく、人々は普段はもっぱら自国語ばっかり使って生活しているのだ。
 当たり前過ぎて話にならないくらいのことである。でも以外とその事実は理解されていないように私には思われる。 だから南米から人が来たときに「英語くらいしゃべれよ」と発言したり、 フランスの田舎町に学会に行ったときに「このメニュー、フランス語しか書いてないじゃないか」とボーイに英語で文句を言う(そして通じないことに腹を立てる)人が出てくるのだ。

 オイゲン・ヨッフムは、クラシック音楽界の中で、決してメジャーではない一人の指揮者に過ぎない。
 ただ、私はこの指揮者とのLP1枚、しかもそのジャケットを通した出会いによって、こんな新しい世界にまみえることになったのだった。

 そしてここには偶然が一つある。
 この指揮者の名前の綴りには、上で分解したとおり、ドイツ語として特に特徴的な読み方をする字列が多いのだ。私が中学生の手にしたLPの指揮者が、同じドイツ人であってもたとえば「Hans」とか「Wilhelm」とか「Fritz」とかというものであったならば、私はこれほどの違和感と衝撃を受けることはなく、従って「読み方問題」も生じず、そして少なくともこの時点では「開眼」はなかっただろうと思われる。

 これが私にとって、この指揮者に対する印象的な思い出の最初であった。

・・・・・
冗長な文章を失礼しました。最後まで読んでくださった方がもしおられたら感謝します。
次回は、流石にここまで引き合いに出したら何も書かないわけにはいかないので、上記の「田園」の演奏について私見を短く(←今度は必ず短く!)書きたいと思います。

オイゲン・ヨッフムのCD part1 [音楽]

 先日、近所の中古CD屋さんで、聴いてみたいと思いつつ長らく入手できないでいた1枚のCDを見つけ、もちろん直ちにレジに走って我がものとした。

 曲はブルックナーの交響曲第7番であるが、私がこのCDを聴きたいと思っていた理由は、今は亡きオイゲン・ヨッフムがミュンヘンフィルハーモニーを指揮したライブ録音であり、またその録音の時期が1970年代後半だから、というものである。

DSCF1392a.jpg

 オイゲン・ヨッフムという指揮者は、私にとって大変思い出深いと言うか思い入れ深いと言うか、特別な感懐を抱く指揮者である。(別に私は音楽業界に関係があるわけでは全くないので、この思い出やらは、まったく1音楽ファンとしてのものです)
 この指揮者の名前は、クラシック音楽が好きな人なら、誰でも聞いたことくらいはあると思うが、逆にクラシックに関心がない人はおそらく誰一人として知らないであろうと思われる。この理由は彼のディスコグラフィーや演奏記録などを見れば当然のこととして了解されるのであって、すなわち彼が指揮をして演奏した曲の作曲家は主としてベートーベン、ブラームス、バッハ、ハイドン、などという、何か冗談を言われているのではないかと思うくらい、クラシック以外の何者でもない音楽、それもドイツ・オーストリアものと呼ばれる、クラシックの中の本家中の本家の音楽だけにほぼ完全に限定されているのである。
 これはカラヤンとかバーンスタインなどの、その活動が社会現象とまでなったような指揮者と比べると誠に地味であり、これではクラシック音楽に関心がない人の耳に、その名前が入ることのある方が不思議というものである。

 私がこの指揮者の演奏をレコード(当時はLP)で聴いた最初は中学2年の時であり、そのとき以来、いずれも偶然ではあるがこの指揮者についていろいろと思い出になることが生じた。そんなことで、このクラシック音楽のそのまた一部だけの世界に限定されているこの指揮者について、私は特別な感懐を抱くようになったのである。

 中学2年の時に聴いたそのLPというのは、ヨッフムがロンドン交響楽団を指揮して録音したベートーベンの「田園交響曲」であった。

Pastorale-Jochum.jpg
(何か画像がないと落ち着かないので入れただけで、このジャケットは私がここで書いているものとはまったく異なります)

 私は音楽が好きな一人として、一度はこの交響曲を全曲通して聴いてみたいと思いつつ、それまでは機会がなくて最初の有名なフレーズ以外を知らないでいたのであった。唯一の問題はLPを買う資金であったが、中学生であった私は親からもらう小遣いを3ヶ月間、すべて貯金して2500円を工面し、当時住んでいた地方都市のレコード屋に足を運んだ。
 田舎町のレコード屋のこと、この曲のLPは何枚もなかったが、私はその中から、ジャケットの表紙が一番きれいだという理由でこのLPをレジに持って行った。当時LPのジャケットにはだいたい帯が掛かっていて、そこに日本語で曲名や演奏者が印刷され、なんか一言「この曲の定番!」とか「史上最高の演奏!!」などというコメントが付け足してあったものだが、その帯にあったオイゲン・ヨッフムという指揮者の名前は私もすでに聞いたことがあるものだったので、そんな安心感もあってあまり躊躇なくこのLPは私の手に入った。こうしてこれは一中学生が自分で買った最初のLPとなり、またヨッフムという指揮者との、その後の偶然を交えた思い出が始まる、出会いともなったのであった。

 次回から2,3回、その思い出の内容について書いてみたいと思います。

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