最近のピナの作品より [子どもたち]
夏休みの仙台・陸前高田帰省時の記録がまだ未完成なのですが、また忙しくなってしまいどうもうまくまとめきれません。
それとは関係のない、ピナの最近の手仕事の様子をちょっと書くことにしました。
ピナは最近ますますお絵かきやら工作やらに手が込んできました。 ヒマさえあればなんか描いたり作ったりしています。 まあ悪いことではないので、自由にやらせています。
最初は、先日の仙台帰省時のもの。
「パソコン」 だそうです。
ノートパソコンでしょう、お絵かき帳の向こう側のページがディスプレイ、手前側のページがキーボード、ということのようです。 右に置いてあるおむすびのようなものは・・・ マウスなんだそうです。
それでこの作品のミソは、
マウスをクリックすると・・・
と画面が変わり、 またクリックすると・・・
という具合に、全部で10ページほども画面を書き、自分で「かちっ、かちっ」などといいながらクリックしては画面を切り替えて(?) 遊んでいました。
ちなみに、画面の絵の右側には 「もうど ちぇんじ」 (モードチェンジ)の字が見えます。 プリキュアの影響でしょうか。
1週間近くもいた仙台を離れて帰るとき。 おじいちゃんが 「ピナたちがいなくなって、また寂しくなるなー」 と言っておりましたら、ピナが 「じゃあ、ピナがお土産を置いていってあげるね」 と言って作ったのがこれです。
これはなかなかすごいと思いました。 ちり紙を丸め、セロテープで押さえて、マジックで黒豆を描いて作った大福餅。 遠くから見たとき、私は本当の大福が置いてあるのかと思いました。
おじいちゃんに置いて行くべく、風呂敷に包んでいるところ。
最終的にこれにはジュンも参加して、大福におにぎりを加え、(それぞれのおにぎりの味を区別していたが、どれがどれだか忘れてしまった)、ちょっとしたお弁当が出来上がりました。
次は幼稚園の預かり保育で作ってきたかご。
先生の話では、放射状の骨組みだけがまず与えられて、それに自分で色を選びながら紐を巻いていって、このようなかごを作るとのことでした。
よく見ると、けっこう丹念に紐を巻き付けた後が分かって感心しました。
少し経ってから見たら、早速なんかガラクタ(こんなことを言ったらピナに怒られるか)を入れていました。
お財布・カード入れ。 手近にあった、セロハン紙のような材質のおりがみで作りました。
いつもながらピナの作品は色使いがアヴァンギャルド。
で、ちゃんと開きます。
止めるためのポッチが描いてあるのがご愛敬。
そして、中にはカード(ピナの話ではSuica)が入れてありました!
-- おまけ --
雨でサッカー練習が中止になってしまったジュン。
ピナが盛んにいろいろ作っているのを手持ち不沙汰そうに見ていましたが、図工の本を開いて、適当にあったものを作り出しました。1時間ほどかかって完成。 牛乳パック利用の船です。
ミソは、後ろに着いているスクリュー(と言うか、回転方向からすると外輪)。 ゴム動力でちゃんと回ります。風呂の時浮かべてみたら、ちゃんと前進しました。2秒くらいしか回転が持ちませんが・・・
それとは関係のない、ピナの最近の手仕事の様子をちょっと書くことにしました。
ピナは最近ますますお絵かきやら工作やらに手が込んできました。 ヒマさえあればなんか描いたり作ったりしています。 まあ悪いことではないので、自由にやらせています。
最初は、先日の仙台帰省時のもの。
「パソコン」 だそうです。
ノートパソコンでしょう、お絵かき帳の向こう側のページがディスプレイ、手前側のページがキーボード、ということのようです。 右に置いてあるおむすびのようなものは・・・ マウスなんだそうです。
それでこの作品のミソは、
マウスをクリックすると・・・
と画面が変わり、 またクリックすると・・・
という具合に、全部で10ページほども画面を書き、自分で「かちっ、かちっ」などといいながらクリックしては画面を切り替えて(?) 遊んでいました。
ちなみに、画面の絵の右側には 「もうど ちぇんじ」 (モードチェンジ)の字が見えます。 プリキュアの影響でしょうか。
1週間近くもいた仙台を離れて帰るとき。 おじいちゃんが 「ピナたちがいなくなって、また寂しくなるなー」 と言っておりましたら、ピナが 「じゃあ、ピナがお土産を置いていってあげるね」 と言って作ったのがこれです。
これはなかなかすごいと思いました。 ちり紙を丸め、セロテープで押さえて、マジックで黒豆を描いて作った大福餅。 遠くから見たとき、私は本当の大福が置いてあるのかと思いました。
おじいちゃんに置いて行くべく、風呂敷に包んでいるところ。
最終的にこれにはジュンも参加して、大福におにぎりを加え、(それぞれのおにぎりの味を区別していたが、どれがどれだか忘れてしまった)、ちょっとしたお弁当が出来上がりました。
次は幼稚園の預かり保育で作ってきたかご。
先生の話では、放射状の骨組みだけがまず与えられて、それに自分で色を選びながら紐を巻いていって、このようなかごを作るとのことでした。
よく見ると、けっこう丹念に紐を巻き付けた後が分かって感心しました。
少し経ってから見たら、早速なんかガラクタ(こんなことを言ったらピナに怒られるか)を入れていました。
お財布・カード入れ。 手近にあった、セロハン紙のような材質のおりがみで作りました。
いつもながらピナの作品は色使いがアヴァンギャルド。
で、ちゃんと開きます。
止めるためのポッチが描いてあるのがご愛敬。
そして、中にはカード(ピナの話ではSuica)が入れてありました!
-- おまけ --
雨でサッカー練習が中止になってしまったジュン。
ピナが盛んにいろいろ作っているのを手持ち不沙汰そうに見ていましたが、図工の本を開いて、適当にあったものを作り出しました。1時間ほどかかって完成。 牛乳パック利用の船です。
ミソは、後ろに着いているスクリュー(と言うか、回転方向からすると外輪)。 ゴム動力でちゃんと回ります。風呂の時浮かべてみたら、ちゃんと前進しました。2秒くらいしか回転が持ちませんが・・・
ピナの最近の作品より [子どもたち]
前からそうですが、ピナは最近とくにお絵かきや工作を熱心にやります。
そんなピナの最近の作品から抜粋。
おかあさんの絵。
まあ、どう見ても家内に似てるとは思いませんが、奇抜な色づかいが印象的。
よく見ると、紫色に塗った髪(ちなみに家内は髪を染めてません)の先の方が切ってあります。 これは、「おかあさんが床屋さんで髪を切ってもらった」ことを表すんだそうです。
次は猫の家族。
まず子猫。(ピナとしては、「自分」ということらしい)
次におかあさん猫。
最後はおばあちゃん猫。
おなかの中にネズミがいるというのが、何ともブラック。
どれもこれも、顔がジグソーパズルやパッチワークです、まるで。 ピナとしては特にこれに深い意味があるわけではなく、とにかくきれいな色に塗りたいから、というのが理由のようでした。
また足が5本ある猫がいますが、ピナはそんなことには一向にお構いなし。 それより、足に塗った模様を見てくれとのこと。なんでもソックスをはいているんだそうです。
でも、出来映えはともかく、こういうことに集中してくれるのはいいことだと思うので、これからも応援してあげたいと思います。 ちなみに今日ピナは、おかあさんから「落書きセット」(6色の色鉛筆と文庫サイズの雑記帳がセットになったもの。どこにでも持ち歩ける)を買ってもらったのでした。
そんなピナの最近の作品から抜粋。
おかあさんの絵。
まあ、どう見ても家内に似てるとは思いませんが、奇抜な色づかいが印象的。
よく見ると、紫色に塗った髪(ちなみに家内は髪を染めてません)の先の方が切ってあります。 これは、「おかあさんが床屋さんで髪を切ってもらった」ことを表すんだそうです。
次は猫の家族。
まず子猫。(ピナとしては、「自分」ということらしい)
次におかあさん猫。
最後はおばあちゃん猫。
おなかの中にネズミがいるというのが、何ともブラック。
どれもこれも、顔がジグソーパズルやパッチワークです、まるで。 ピナとしては特にこれに深い意味があるわけではなく、とにかくきれいな色に塗りたいから、というのが理由のようでした。
また足が5本ある猫がいますが、ピナはそんなことには一向にお構いなし。 それより、足に塗った模様を見てくれとのこと。なんでもソックスをはいているんだそうです。
でも、出来映えはともかく、こういうことに集中してくれるのはいいことだと思うので、これからも応援してあげたいと思います。 ちなみに今日ピナは、おかあさんから「落書きセット」(6色の色鉛筆と文庫サイズの雑記帳がセットになったもの。どこにでも持ち歩ける)を買ってもらったのでした。
子供たちのピアノ発表会 [子どもたち]
先週、ジュンとピナが通っているピアノ教室の発表会がありました。
二人が通っているのは、横浜市内のご自宅でピアノ教室をやっておられる先生のところで、毎年この時期に、全門下生参加でホールを借り切っての発表会をやっています。 総勢約30名です。
登場の順番は年齢が若い順というのが慣例になっていますが、そうすると今年はピナが1番手ということになりました。
ピナの演奏。
ピアノ練習曲集から、1曲目「木馬の兵隊さん」、2曲目「クリスマスの朝」。
「木馬」のほうは先生の伴奏付き、「クリスマス」の方はまったくの独奏です。
ピナは習い始めて早くも3年目ですが、この発表会には今回が初登場です。
ジュンのレッスンにいつもくっついて行っていたので、それを見ながら「ピナも習いた~~い」ということになり、早すぎるとは思いましたが、天才ピアニストの幼少期よろしく3歳から習い始めました。
でも手が小さいので音階を弾くこともままならず、結局曲らしい曲を弾けるようになったのはようやく今年あたりから。 ということで、今回やっと発表会デビューを果たせました。
次にジュンの演奏。 年齢順でジュンは4番手でした。
4歳半から習い始めたジュンは、発表会もこれで4回目。
まず1曲目は練習曲集から 「思い出」。
さてジュンの2曲目は、ジュン自らが挑戦を宣言し、練習に励んだモーツァルト。
ソナタ第11番イ長調 K.331 の第1楽章主題部。
この曲に挑戦することになったのは、ジュンが学校の音楽の時間に聞いてきたモーツァルトの「トルコ行進曲」がきっかけでした。 ジュンはその曲がとても気に入り、家でも聞きたいというものだから、私が持っていたCDをかけてあげました。
その際、「この行進曲は、あるソナタの第3楽章であり、ちなみにその第1楽章とはこんな曲だよ」と説明して第1楽章も聞かせてあげました。
するとジュンは、「トルコ行進曲はまだ難しくてムリだけど、この第1楽章なら何とかなるかも」と発起し、先生に挑戦したい旨を直訴。 先生は「それじゃあがんばってみよう!」 と言ってくださり、それで今回の発表となったわけでした。
先生は、できればこの主題部に続いて変奏部をどれか一つやらせたいというご意向のようでしたが、やはり現在のジュンの力量では荷が重いと断念。 それで「思い出」を前座として、真打ちのモーツァルトというプログラムにしてくださいました。
まあそれにしても、小学校2年生で自分の弾きたい曲を宣言し、練習を重ねてこの程度の発表まで持ってこられたことは、我が子ながらよくやったものだと感心しました。
ジュンが毎日何度もこの曲を練習で弾くので、ここのところ我が家の中は、いつもこの曲のメロディーであふれているような状態になっていました。 まだ2歳のソワまでもが、遊んでいるときなどに「ふーんふふん、ふーんふん、ふーんふふん、ふーんふん」なんて感じで鼻歌を歌っていたりします。 2歳児が鼻歌でモーツァルト・・・ 英才教育やっているんじゃないかと間違われそうです。
ところでこの発表会に使うピナの衣装をどうしようか、直前まで準備していませんでした。
結局、同じピアノ教室の小学生のお姉さんが、以前に発表会で使った衣装をピナに譲ってくれるという嬉しいことがあり、今回は有り難くそれを使わせていただきました。(そのお姉さんには、ついでに来年の分の衣装まで頂いてしまいました)
また髪は、横浜の家に住んでいる私の妹(ピナから見ればおばさん)が、当日結ってくれました。
なんか想像していたよりも本格的な出来映えになり、ピナは嬉しくて仕方なかったようです。
前からの様子。
後ろから。
ところでソワだけは、我関せずと言う様子でこんな感じ。
先生や、親切なお姉さんがたのおかげで、よい思い出となる発表会を終えることが出来ました。
最後はステージで記念撮影のあと、ステージの花を全員にお裾分け。
また来年に向けて楽しくやってほしいと思います。
二人が通っているのは、横浜市内のご自宅でピアノ教室をやっておられる先生のところで、毎年この時期に、全門下生参加でホールを借り切っての発表会をやっています。 総勢約30名です。
登場の順番は年齢が若い順というのが慣例になっていますが、そうすると今年はピナが1番手ということになりました。
ピナの演奏。
ピアノ練習曲集から、1曲目「木馬の兵隊さん」、2曲目「クリスマスの朝」。
「木馬」のほうは先生の伴奏付き、「クリスマス」の方はまったくの独奏です。
ピナは習い始めて早くも3年目ですが、この発表会には今回が初登場です。
ジュンのレッスンにいつもくっついて行っていたので、それを見ながら「ピナも習いた~~い」ということになり、早すぎるとは思いましたが、天才ピアニストの幼少期よろしく3歳から習い始めました。
でも手が小さいので音階を弾くこともままならず、結局曲らしい曲を弾けるようになったのはようやく今年あたりから。 ということで、今回やっと発表会デビューを果たせました。
次にジュンの演奏。 年齢順でジュンは4番手でした。
4歳半から習い始めたジュンは、発表会もこれで4回目。
まず1曲目は練習曲集から 「思い出」。
さてジュンの2曲目は、ジュン自らが挑戦を宣言し、練習に励んだモーツァルト。
ソナタ第11番イ長調 K.331 の第1楽章主題部。
この曲に挑戦することになったのは、ジュンが学校の音楽の時間に聞いてきたモーツァルトの「トルコ行進曲」がきっかけでした。 ジュンはその曲がとても気に入り、家でも聞きたいというものだから、私が持っていたCDをかけてあげました。
その際、「この行進曲は、あるソナタの第3楽章であり、ちなみにその第1楽章とはこんな曲だよ」と説明して第1楽章も聞かせてあげました。
するとジュンは、「トルコ行進曲はまだ難しくてムリだけど、この第1楽章なら何とかなるかも」と発起し、先生に挑戦したい旨を直訴。 先生は「それじゃあがんばってみよう!」 と言ってくださり、それで今回の発表となったわけでした。
先生は、できればこの主題部に続いて変奏部をどれか一つやらせたいというご意向のようでしたが、やはり現在のジュンの力量では荷が重いと断念。 それで「思い出」を前座として、真打ちのモーツァルトというプログラムにしてくださいました。
まあそれにしても、小学校2年生で自分の弾きたい曲を宣言し、練習を重ねてこの程度の発表まで持ってこられたことは、我が子ながらよくやったものだと感心しました。
ジュンが毎日何度もこの曲を練習で弾くので、ここのところ我が家の中は、いつもこの曲のメロディーであふれているような状態になっていました。 まだ2歳のソワまでもが、遊んでいるときなどに「ふーんふふん、ふーんふん、ふーんふふん、ふーんふん」なんて感じで鼻歌を歌っていたりします。 2歳児が鼻歌でモーツァルト・・・ 英才教育やっているんじゃないかと間違われそうです。
ところでこの発表会に使うピナの衣装をどうしようか、直前まで準備していませんでした。
結局、同じピアノ教室の小学生のお姉さんが、以前に発表会で使った衣装をピナに譲ってくれるという嬉しいことがあり、今回は有り難くそれを使わせていただきました。(そのお姉さんには、ついでに来年の分の衣装まで頂いてしまいました)
また髪は、横浜の家に住んでいる私の妹(ピナから見ればおばさん)が、当日結ってくれました。
なんか想像していたよりも本格的な出来映えになり、ピナは嬉しくて仕方なかったようです。
前からの様子。
後ろから。
ところでソワだけは、我関せずと言う様子でこんな感じ。
先生や、親切なお姉さんがたのおかげで、よい思い出となる発表会を終えることが出来ました。
最後はステージで記念撮影のあと、ステージの花を全員にお裾分け。
また来年に向けて楽しくやってほしいと思います。
ジュン、「くり下がり引き算」 でつまずく [子どもたち]
先週の土曜日、ジュンの小学校で 「土曜日授業公開」 なる参観日がありました。
4月に一度予定されていたのが、震災の影響で延期となったものです。 ジュンが2年生になってから私は学校を訪れたことがなく、2年生の教室が学校の中のどこにあるかも分からないという状態だったので、朝から出かけて、授業の様子を見てきました。
学校内は写真撮影がいっさい禁止だったので、ここに様子を載せられないのが残念です。
参観が土曜日とあって、私みたいな父親連もたくさん来ていました。
当日の時間割は1時間目が国語、以下4時間目まで 音楽、算数、また国語、という順番でした。
ですが当日、私にとっての一番の見もの(?)はやはり、3時間目の算数でした。
2年生も5月末に入って、授業では「くり下がりのある2桁引き算の筆算」が行われていました。
「72-45」とか、「63-28」みたいなやつです。
すでに1,2回授業があったらしく、まず筆算の仕方の復習から入り、その後、先生が黒板に問題を10問ほど書き連ねます。 そして、適当に生徒を指名して前に出てこさせ、黒板にその計算と答えを書かせるというところが始まりました。
さて、ジュンですが・・・
「では第5問は、ジュンくん。」
--- ああ、当たってしまった。
呼ばれた生徒たちは次々と黒板に出て行って、さっさと計算を始め、横に引かれた線の下に答えを書いていきます。
ところが ・・・ いつまで経っても、ジュンが黒板のところに現れません。 見ると、ジュンは自分の机のところで貧乏揺すりをしながら、「え~~、 わかんない・・・ できない・・・」とつぶやいているではありませんか!!
結局、強制的に黒板のところに呼び出されたジュンは、先生に助言をしてもらいながら何とかその場は許してもらい、自分の席に帰りました。
その後もジュンは調子が悪く、問題を出される度に、補助の先生がジュンの机に付きっきりで面倒を見るという光景が現出しました・・・
こういう光景を見てしまったからには、やはり父親としては少し助けてあげないわけにはいかないでしょう。
まあ、こうなるまで親が気付かなかったことを恥じ、反省したということもあります。
というわけで、その日の晩、ジュンを相手に少し算数の先生をやってみました。
******** *********** *********** *********** *************
72-45 という計算を考えます。
ここで被引数の72ですが、ジュンみたいなのは、この数字の本質的な理解がそもそも出来ていないのです。
「ななじゅうに」 という読み方のとおり、ここでは数字「2」はこのまま2を表していますが、数字「7」は、「なな」ではなく「ななじゅう」を表しています。
ただ単に数字が二つ並べられただけなのに、その表す実際の数値が、書かれる位置によってこのように異なっているという「位取り記数法」の理解は、これを初めて学ぶ子供たちにとって、実は大変に難しいことのようなのです。
数学者の矢野健太郎先生は、数学教育に携わったご自身の経験を書いた著書の中で;
そして、実は我が長男ジュンも、この「105」の例の子にかなり近い状態であったことが、図らずも今回の学習で明らかになりました。
「くり下がり引き算」の要点は二つです。
(i) 十の位の数から10を抜き出し、これを一の位の数に加える。
(ii) 10を抜き出された十位の数は、抜き出された分、その数字を1だけ小さくする。
あと強いて言えば、引数についても、一位の数と十位の数を分けて引く ( 45を引くならば、5 を引いてから 40 を引く、と考える)という事でしょうか。
言葉で書いてしまえばなんてことはないようですが、この「10を抜き出す」とか「抜き出した分だけ小さくする」などというのは、ジュンみたいに「位取り」の基本が理解できていない子にとってはなかなか侮れないシロモノです。
したがって、72 を 「12 + 60 」 という形に分解することから始めます。
試みにジュンにこれをやらせてみますと、「位取り記数法」が分かっていないことがたちまち露呈します。
下は、これをやったジュンの計算経過です。
72から12を抜き取るところまでは一応出来ています。 しかし、次の「60」を求めるために、
まず 12に10を足して 22。
20を足して 32。
これを10ずつ繰り返してようやく、
60を足して 72 にたどり着きました。
なぜこうなってしまうのか?
ここで考えられることは一つです。 ジュンには、72の十位の「7」が、「ななじゅう」ではなくて、「なな」にしか見えていないのです。 ですから、「12 に 60 を足すと、十の位どうし、1 と 6 とが足されて 7 になり、最終的に 72 になる」 という風に考えが行かないのです。
この状態では、「くり下がり引き算」など出来るわけがありません。
矢野先生の本では、マッチ棒を10本ずつ束ねて十進位取り記数法を理解させる試みが載っていますが、さすがに2年生を相手にそこまでは戻れないので、ジュンにはとにかく計算をやってもらうことにしました。
45 = 15 +
76 = 16 +
38 = 18 +
84 = 14 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
こんな計算問題を適当に20問くらいこしらえて、延々とやらせました。
ジュンはべそをかきながら、上に書いたような時間のかかる方法で、30分ほどもかかって何とかやり遂げました。
それで自分のやった答えを見てもらいます。 20問もやると、さすがにジュンのような子でも、ある法則性に気付き始めます。
45 → 30
76 → 60
38 → 20
84 → 70
それぞれ15, 16, 18, 14 という数を抜き出した後の数字は、十位の数が、「もとの数」の十位の数よりも1だけ小さくなっています。
これに気付いたところで、今度はこの事実だけを手がかりに答えを出してみるように促します。 先ほどと同じように、
35 = 15 +
89 = 19 +
41 = 11 +
66 = 16 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
などと問題を出し、上で見つけた法則性を機械的に適用して答えを書いてみるように言いますと、今度はものの見事に、20問を3分足らずで全問正解です。
ここですかさず、
(i) 「15」の十位数「1」は、実は「1」ではなく「10」を表しており、したがって
「15」とは「10 + 5 」ということである。
(ii) だから、「35」からこの「1」が引かれると、その十位は2、すなわち20になる。
と追い打ちをかけて、理解の完全を期します。
理解の確認のため、次の問題もやらせました。
35 = 25 +
89 = 39 +
41 = 21 +
66 = 46 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
最初は少し戸惑っていましたが、数問の戸惑いを突破すると、後は機械的にどんどん行きました。
「十進位取り記数法」が一応理解できました(「一応」を卒業するには、あとは練習を通じて慣れることでしょうね)。
これで「くり下がり」の最大の関門を突破しました。
あとは引数の方ですが、これは一位と十位とに分けて順番に引き算をしてもらいます。
このように引数を分けたり、順番に引くなどの計算をして良いのか、という質問に対して数学的に厳密に答えるためには、本来は数式におけるカッコの使い方、正負の数の計算までをも持ち出さなくてはなりません。 このことを見ても、「くり下がり引き算」が実は高度な内容を含んでいることが窺い知れます。
ジュンにもこのことを聞かれかけましたが、相手が小学校2年生では、ここは常識的に許されるという説明で前に進むしかないようです。
それで最初の問題 ( 72-45= ) の答えに至る道筋ですが、
(i) 72 を 12 と 60 とに分けたあと、12 からは 5 を、60 からは 40 を、それぞれ引く。
(ii) 上の答えは最初が 7、次が 20 であるから、この二つを合わせた 27 が答えになる。
この手順を、ジュンにはこんな風に書いてもらいました。
最初は 12+60 であったのを、ここでは 60+12 にしています。こうしないと、答えの数字と位が逆になってしまって見にくいので。 そしてここでも実は、さりげなく 「加法の交換法則」 を使っています。
ようやく1問完成です。
あとは理解しているかどうかを試すためと、慣れるために、たくさん練習をする必要があろうかと思いますが。
ちなみに、授業参観で見てきた算数の授業では、くり下がり引き算の計算方法について(教科書どおり、ということですが)以下のような手順が教えられていました。
【 例: 72-45 】
(1) 一位を引き算しようとしても、2から5は引けない。
(2) だから、十位の 7 から 10 を借りてきて、一位の 2 を 12 とし、
十位の 7 の方は貸した分だけ 1 減って 6 となる。
(3) 12 から 5 を引いて 7。 (一位の計算)
(4) 6 から 4 を引いて 2。 (十位の計算)
(5) だから答えは 27。
そしてこれを行うために、計算式中に下のような書き込みを行うように指示がされています。
伝統的な「十の位から 10 を借りてくる」という説明です。
ただ、この「借りる」ということは必然的に「借りた結果がどうなるか」に対する回答を求めますから、最終的に上の (2) の説明が理解できるためには、「十進法における位取り記数法」の意味と用法とがきちんと理解出来ていることが前提になることは明らかです。
つまり、(2)の説明にある「7」、「1」、「6」は、いずれも実は「70」、「10」、「60」なのだ、ということが自明のこととして理解できている生徒だけが、この説明に納得し、計算式中のこの書き込みの意味を理解し、この計算法を運用できるわけです。
この点を理解していないジュンが、先生に指名されて貧乏揺すりをしながらべそをかいていたのはきわめて当然のことと言わなければなりません。
私との学習が終わったジュンが、上の「学校方式」にマイナーチェンジを加えて、「ジュン方式」を編み出しました。 これがその「ジュン方式」です。
学校では「6」と添え書きする、「10 を貸した後の十位の数」のところを、ジュンは「60」と添え書きしています。
これは、私が指示したのではなくジュンが自分で (おそらく無意識に) やっていたことです。
私はこれを見て、ジュンがくり下がりを理解したことを確かめました。
あとは、これが「身につく」ようにするために練習あるのみです。 毎日計算ドリルをやってもらわなくてはなりません。
学校から宿題がない日は父親自作のドリルで。 ということで、適当に数を組み合わせて、ドリル問題を現在鋭意作成中です。
小学校の算数では、生徒がつまずく石が3つあるのだそうですね。
(1) くり下がり引き算
(2) 割合(百分率、歩合)の計算
(3) 分数の四則演算
だそうです。
この(1)で、定式通りに見事につまずいてくれたジュン。
(2)、(3)でも、また定式通りにつまずいてくれることでしょうから、そのときには今日のように一緒に勉強したいと思います。
4月に一度予定されていたのが、震災の影響で延期となったものです。 ジュンが2年生になってから私は学校を訪れたことがなく、2年生の教室が学校の中のどこにあるかも分からないという状態だったので、朝から出かけて、授業の様子を見てきました。
学校内は写真撮影がいっさい禁止だったので、ここに様子を載せられないのが残念です。
参観が土曜日とあって、私みたいな父親連もたくさん来ていました。
当日の時間割は1時間目が国語、以下4時間目まで 音楽、算数、また国語、という順番でした。
ですが当日、私にとっての一番の見もの(?)はやはり、3時間目の算数でした。
2年生も5月末に入って、授業では「くり下がりのある2桁引き算の筆算」が行われていました。
「72-45」とか、「63-28」みたいなやつです。
すでに1,2回授業があったらしく、まず筆算の仕方の復習から入り、その後、先生が黒板に問題を10問ほど書き連ねます。 そして、適当に生徒を指名して前に出てこさせ、黒板にその計算と答えを書かせるというところが始まりました。
さて、ジュンですが・・・
「では第5問は、ジュンくん。」
--- ああ、当たってしまった。
呼ばれた生徒たちは次々と黒板に出て行って、さっさと計算を始め、横に引かれた線の下に答えを書いていきます。
ところが ・・・ いつまで経っても、ジュンが黒板のところに現れません。 見ると、ジュンは自分の机のところで貧乏揺すりをしながら、「え~~、 わかんない・・・ できない・・・」とつぶやいているではありませんか!!
結局、強制的に黒板のところに呼び出されたジュンは、先生に助言をしてもらいながら何とかその場は許してもらい、自分の席に帰りました。
その後もジュンは調子が悪く、問題を出される度に、補助の先生がジュンの机に付きっきりで面倒を見るという光景が現出しました・・・
こういう光景を見てしまったからには、やはり父親としては少し助けてあげないわけにはいかないでしょう。
まあ、こうなるまで親が気付かなかったことを恥じ、反省したということもあります。
というわけで、その日の晩、ジュンを相手に少し算数の先生をやってみました。
******** *********** *********** *********** *************
72-45 という計算を考えます。
ここで被引数の72ですが、ジュンみたいなのは、この数字の本質的な理解がそもそも出来ていないのです。
「ななじゅうに」 という読み方のとおり、ここでは数字「2」はこのまま2を表していますが、数字「7」は、「なな」ではなく「ななじゅう」を表しています。
ただ単に数字が二つ並べられただけなのに、その表す実際の数値が、書かれる位置によってこのように異なっているという「位取り記数法」の理解は、これを初めて学ぶ子供たちにとって、実は大変に難しいことのようなのです。
数学者の矢野健太郎先生は、数学教育に携わったご自身の経験を書いた著書の中で;
「じゅうご」と書いてごらん、と命じられた子供(小学生)が、「" じゅう " は10、 " ご" は5、 だから " 105 " だと書いたら、先生に違うって怒られたんだ」 と答えたという例を挙げ、この子に正しい表記法を分かってもらうのにどれほどの長い時間と練習が必要だったかを書いておられます。 そして、位取り記数法の歴史を解説され、この記数法は "数を数える" という人間の自然な感覚とはかけ離れた抽象的な概念であること、従ってこの習得には正しい教授法による正確な理解と、慣れのための多数の練習が必要であることを力説しておられます。
そして、実は我が長男ジュンも、この「105」の例の子にかなり近い状態であったことが、図らずも今回の学習で明らかになりました。
「くり下がり引き算」の要点は二つです。
(i) 十の位の数から10を抜き出し、これを一の位の数に加える。
(ii) 10を抜き出された十位の数は、抜き出された分、その数字を1だけ小さくする。
あと強いて言えば、引数についても、一位の数と十位の数を分けて引く ( 45を引くならば、5 を引いてから 40 を引く、と考える)という事でしょうか。
言葉で書いてしまえばなんてことはないようですが、この「10を抜き出す」とか「抜き出した分だけ小さくする」などというのは、ジュンみたいに「位取り」の基本が理解できていない子にとってはなかなか侮れないシロモノです。
したがって、72 を 「12 + 60 」 という形に分解することから始めます。
試みにジュンにこれをやらせてみますと、「位取り記数法」が分かっていないことがたちまち露呈します。
下は、これをやったジュンの計算経過です。
72から12を抜き取るところまでは一応出来ています。 しかし、次の「60」を求めるために、
まず 12に10を足して 22。
20を足して 32。
これを10ずつ繰り返してようやく、
60を足して 72 にたどり着きました。
なぜこうなってしまうのか?
ここで考えられることは一つです。 ジュンには、72の十位の「7」が、「ななじゅう」ではなくて、「なな」にしか見えていないのです。 ですから、「12 に 60 を足すと、十の位どうし、1 と 6 とが足されて 7 になり、最終的に 72 になる」 という風に考えが行かないのです。
この状態では、「くり下がり引き算」など出来るわけがありません。
矢野先生の本では、マッチ棒を10本ずつ束ねて十進位取り記数法を理解させる試みが載っていますが、さすがに2年生を相手にそこまでは戻れないので、ジュンにはとにかく計算をやってもらうことにしました。
45 = 15 +
76 = 16 +
38 = 18 +
84 = 14 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
こんな計算問題を適当に20問くらいこしらえて、延々とやらせました。
ジュンはべそをかきながら、上に書いたような時間のかかる方法で、30分ほどもかかって何とかやり遂げました。
それで自分のやった答えを見てもらいます。 20問もやると、さすがにジュンのような子でも、ある法則性に気付き始めます。
45 → 30
76 → 60
38 → 20
84 → 70
それぞれ15, 16, 18, 14 という数を抜き出した後の数字は、十位の数が、「もとの数」の十位の数よりも1だけ小さくなっています。
これに気付いたところで、今度はこの事実だけを手がかりに答えを出してみるように促します。 先ほどと同じように、
35 = 15 +
89 = 19 +
41 = 11 +
66 = 16 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
などと問題を出し、上で見つけた法則性を機械的に適用して答えを書いてみるように言いますと、今度はものの見事に、20問を3分足らずで全問正解です。
ここですかさず、
(i) 「15」の十位数「1」は、実は「1」ではなく「10」を表しており、したがって
「15」とは「10 + 5 」ということである。
(ii) だから、「35」からこの「1」が引かれると、その十位は2、すなわち20になる。
と追い打ちをかけて、理解の完全を期します。
理解の確認のため、次の問題もやらせました。
35 = 25 +
89 = 39 +
41 = 21 +
66 = 46 +
・・・・・・・・
・・・・・・・・
最初は少し戸惑っていましたが、数問の戸惑いを突破すると、後は機械的にどんどん行きました。
「十進位取り記数法」が一応理解できました(「一応」を卒業するには、あとは練習を通じて慣れることでしょうね)。
これで「くり下がり」の最大の関門を突破しました。
あとは引数の方ですが、これは一位と十位とに分けて順番に引き算をしてもらいます。
このように引数を分けたり、順番に引くなどの計算をして良いのか、という質問に対して数学的に厳密に答えるためには、本来は数式におけるカッコの使い方、正負の数の計算までをも持ち出さなくてはなりません。 このことを見ても、「くり下がり引き算」が実は高度な内容を含んでいることが窺い知れます。
ジュンにもこのことを聞かれかけましたが、相手が小学校2年生では、ここは常識的に許されるという説明で前に進むしかないようです。
それで最初の問題 ( 72-45= ) の答えに至る道筋ですが、
(i) 72 を 12 と 60 とに分けたあと、12 からは 5 を、60 からは 40 を、それぞれ引く。
(ii) 上の答えは最初が 7、次が 20 であるから、この二つを合わせた 27 が答えになる。
この手順を、ジュンにはこんな風に書いてもらいました。
最初は 12+60 であったのを、ここでは 60+12 にしています。こうしないと、答えの数字と位が逆になってしまって見にくいので。 そしてここでも実は、さりげなく 「加法の交換法則」 を使っています。
ようやく1問完成です。
あとは理解しているかどうかを試すためと、慣れるために、たくさん練習をする必要があろうかと思いますが。
ちなみに、授業参観で見てきた算数の授業では、くり下がり引き算の計算方法について(教科書どおり、ということですが)以下のような手順が教えられていました。
【 例: 72-45 】
(1) 一位を引き算しようとしても、2から5は引けない。
(2) だから、十位の 7 から 10 を借りてきて、一位の 2 を 12 とし、
十位の 7 の方は貸した分だけ 1 減って 6 となる。
(3) 12 から 5 を引いて 7。 (一位の計算)
(4) 6 から 4 を引いて 2。 (十位の計算)
(5) だから答えは 27。
そしてこれを行うために、計算式中に下のような書き込みを行うように指示がされています。
伝統的な「十の位から 10 を借りてくる」という説明です。
ただ、この「借りる」ということは必然的に「借りた結果がどうなるか」に対する回答を求めますから、最終的に上の (2) の説明が理解できるためには、「十進法における位取り記数法」の意味と用法とがきちんと理解出来ていることが前提になることは明らかです。
つまり、(2)の説明にある「7」、「1」、「6」は、いずれも実は「70」、「10」、「60」なのだ、ということが自明のこととして理解できている生徒だけが、この説明に納得し、計算式中のこの書き込みの意味を理解し、この計算法を運用できるわけです。
この点を理解していないジュンが、先生に指名されて貧乏揺すりをしながらべそをかいていたのはきわめて当然のことと言わなければなりません。
私との学習が終わったジュンが、上の「学校方式」にマイナーチェンジを加えて、「ジュン方式」を編み出しました。 これがその「ジュン方式」です。
学校では「6」と添え書きする、「10 を貸した後の十位の数」のところを、ジュンは「60」と添え書きしています。
これは、私が指示したのではなくジュンが自分で (おそらく無意識に) やっていたことです。
私はこれを見て、ジュンがくり下がりを理解したことを確かめました。
あとは、これが「身につく」ようにするために練習あるのみです。 毎日計算ドリルをやってもらわなくてはなりません。
学校から宿題がない日は父親自作のドリルで。 ということで、適当に数を組み合わせて、ドリル問題を現在鋭意作成中です。
小学校の算数では、生徒がつまずく石が3つあるのだそうですね。
(1) くり下がり引き算
(2) 割合(百分率、歩合)の計算
(3) 分数の四則演算
だそうです。
この(1)で、定式通りに見事につまずいてくれたジュン。
(2)、(3)でも、また定式通りにつまずいてくれることでしょうから、そのときには今日のように一緒に勉強したいと思います。
子供たちの震災支援 [子どもたち]
今度の震災で、仙台に住む私の父は、広い意味での被災者としていろいろ不自由な生活を現在なお強いられています。 家の中はもう足の踏み場もないそうで、特に母が生前使っていた姿見が倒れ、広範囲に細かいガラス片がまき散らされている状態はもうどうにもならないとのことでした。 父も高齢ですし、一人で片付けるのには限界があり、やっと作った布団一枚分のスペースで現在寝起きしているとのこと。 ガスが復旧しないのでロクな調理もできず(父は結構料理が得意)、かなり状態は悪いようです。
ここで駆けつけることがままならないのが、現在の私の悔しいところです。
こんなことを子供たちに話しておりましたら、ジュンがまず率先して、「じゃあ、おじいちゃんにお手紙書く」 と。
クリスマスに家内の両親からもらったお手紙セットを早速取り出し、何かしばらくごそごそとやっていました。それをそのセットの封筒に入れ、
「これ、おじいちゃんに出すよ。どうすればいいの?」
とのことでしたので、そのセットの封筒ごと定形の封筒に入れ直し(セットのは小さすぎてそのままでは送れない)、表書きと切手を貼るところまでやって見せて、ポストへの投函は本人にやらせました。
実は、「中を見ちゃダメだよ」 ということだったのですが、本人には内緒で、ジュンが寝た後に撮った写真がこれです。
「せんだいのおじいちゃんへ
じしんがなん日もつづい(て)こ
わかったよ。 おうちはぐらゆれ
るしものもおちるからたいへん
だったよ。 おじいちゃんのおうち
はものがおちなかったかしんぱ
いだよ。 ぼくはがんばる
からおじいちゃんもがんばっ
てね。」
「見ちゃダメ」と言っていましたが、一年生にしてはまあまあよく書けているのではないかと思いました。
ピナは「おじいちゃんは柿が好きだから、柿を送ってあげる」と。 ちなみに柿が好きというのは事実です。
「今、柿なんかないよ」 という私の野暮な指摘などには耳もくれず、出来上がったのがこれです。
判読困難ですが、上の二つの「柿」には、その二つにまたがって 「せんだいのおぢいちゃん」と、タテ書きで書いてあります。 「おじいちゃん」ではなく「おぢいちゃん」なのが時代がかっていてご愛嬌。
現在の状況なので、あちらに着くまで3日かかりましたが、着いたその日に、「おじいちゃん」から電話があったことは言うまでもありません。
ここで駆けつけることがままならないのが、現在の私の悔しいところです。
こんなことを子供たちに話しておりましたら、ジュンがまず率先して、「じゃあ、おじいちゃんにお手紙書く」 と。
クリスマスに家内の両親からもらったお手紙セットを早速取り出し、何かしばらくごそごそとやっていました。それをそのセットの封筒に入れ、
「これ、おじいちゃんに出すよ。どうすればいいの?」
とのことでしたので、そのセットの封筒ごと定形の封筒に入れ直し(セットのは小さすぎてそのままでは送れない)、表書きと切手を貼るところまでやって見せて、ポストへの投函は本人にやらせました。
実は、「中を見ちゃダメだよ」 ということだったのですが、本人には内緒で、ジュンが寝た後に撮った写真がこれです。
「せんだいのおじいちゃんへ
じしんがなん日もつづい(て)こ
わかったよ。 おうちはぐらゆれ
るしものもおちるからたいへん
だったよ。 おじいちゃんのおうち
はものがおちなかったかしんぱ
いだよ。 ぼくはがんばる
からおじいちゃんもがんばっ
てね。」
「見ちゃダメ」と言っていましたが、一年生にしてはまあまあよく書けているのではないかと思いました。
ピナは「おじいちゃんは柿が好きだから、柿を送ってあげる」と。 ちなみに柿が好きというのは事実です。
「今、柿なんかないよ」 という私の野暮な指摘などには耳もくれず、出来上がったのがこれです。
判読困難ですが、上の二つの「柿」には、その二つにまたがって 「せんだいのおぢいちゃん」と、タテ書きで書いてあります。 「おじいちゃん」ではなく「おぢいちゃん」なのが時代がかっていてご愛嬌。
現在の状況なので、あちらに着くまで3日かかりましたが、着いたその日に、「おじいちゃん」から電話があったことは言うまでもありません。
ソワ、入院す [子どもたち]
先週、ソワが入院するという騒ぎがありました。
去る3月26日土曜日の朝、ソワは起きてくるなり少し吐きました。
小さい子はたまにこういうこともあるし、またその後は朝食をちゃんと食べたので、大したことなかったか、と思っていたら、しばらくして食べたものを全部吐きました。
これでさすがにただ事ではないと思い、たまたまこの日に土曜診療をやっていたかかりつけの小児科に連れて行きました。 先生曰く、「ウイルス性の胃腸炎ですね。まだ流行っていますから。 少しづつ水分をあげて下さい。 月曜日にまた様子を見せに来て下さい」 とのこと。 「無理に飲ませるほどではない」という整腸剤だけ出されて帰ってきました。 この時点では、ソワはまだ活気もあり、こちらもあちらもそれほどの切迫感はありませんでした。
状況が緊迫したのは翌日曜日。
とにかく吐く、下痢する。 胃に負担をかけないようにと、スプーンで少しずつあげる水やお茶も、口にする片っ端から全部吐く。 そして大して水分が取れてないのに、ほとんど水がそのまま出てきたような、まるでおしっこのような下痢を大量にする。 これが一日中です。 脱水症状にならない方が不思議です。
夕方には、体中の水分が搾り取られて、いつも丸顔のソワが、まるで骸骨のような顔貌になってしまいました。 本人は最初は泣いていたのですが、夜には泣く元気すらなくなってきてしまいました。 こうなると緊急事態です。
翌28日月曜日、朝一番で病院へ。 「来週もう一度見せに来て下さい」どころの騒ぎではありません。 さすがに先生も一目見るなり、「点滴します」。
左手の甲に点滴の針を刺されました。 ソワは、これをされてももう泣き声を上げられないほどになっていました。 そして処置室に移され、こんな姿に。
そして、必要な点滴の量と、それにかかる時間から計算して、入院することになってしまいました。
私が夕方、仕事から病院に回ったときにはこんな様子。 ソワはまだ意識がモーローとしています。
そばで見守っているのはジュンです。
このままひたすら点滴を続け、そしてその日の深夜・・・
やっとソワが目を開けて、なんと・・・
「おとーさん、ハンバーガー、 たべたい」
・・・ とつぶやいたこの瞬間には、本当に涙が出そうになりました。
これ以降は順調に恢復し、翌29日の早朝に見舞ったときには、
「おとーさん、 おにぎり、たべたい」
とのことでしたので、早速ご所望のものを届け、回復後の最初の食事風景を見届けました。
同日の昼は病院の給食。
こちらもこのとおりの食べっぷりで、しかもその後も吐くこともなく、この日の午後に無事退院となりました。
退院後も、下痢がしばらく残ってしまい保育園もお休みしておりましたが、それも今日(4月3日)にはほぼなくなり、明日から保育園に復帰できそうです。
ちなみにソワが入院した病室はきれいだったし、窓からの眺めもこんなでした。
写っている木の枝は桜です。 花の盛りの頃に入院した人は当たり、なんていう不謹慎な感想を抱いてしまうほど、目の前に桜がたくさん立ち並んでいました。
ソワが入院当日はまだこんな感じでした。
でもおかげさまで、退院後は食欲も戻り、晩にはご飯をおかわりした上、「快気祝い」のケーキまで平らげました。 兄弟そろってアニメを見られることは、本当に幸せなことだと、今度の一件を通じて改めて感じました。
去る3月26日土曜日の朝、ソワは起きてくるなり少し吐きました。
小さい子はたまにこういうこともあるし、またその後は朝食をちゃんと食べたので、大したことなかったか、と思っていたら、しばらくして食べたものを全部吐きました。
これでさすがにただ事ではないと思い、たまたまこの日に土曜診療をやっていたかかりつけの小児科に連れて行きました。 先生曰く、「ウイルス性の胃腸炎ですね。まだ流行っていますから。 少しづつ水分をあげて下さい。 月曜日にまた様子を見せに来て下さい」 とのこと。 「無理に飲ませるほどではない」という整腸剤だけ出されて帰ってきました。 この時点では、ソワはまだ活気もあり、こちらもあちらもそれほどの切迫感はありませんでした。
状況が緊迫したのは翌日曜日。
とにかく吐く、下痢する。 胃に負担をかけないようにと、スプーンで少しずつあげる水やお茶も、口にする片っ端から全部吐く。 そして大して水分が取れてないのに、ほとんど水がそのまま出てきたような、まるでおしっこのような下痢を大量にする。 これが一日中です。 脱水症状にならない方が不思議です。
夕方には、体中の水分が搾り取られて、いつも丸顔のソワが、まるで骸骨のような顔貌になってしまいました。 本人は最初は泣いていたのですが、夜には泣く元気すらなくなってきてしまいました。 こうなると緊急事態です。
翌28日月曜日、朝一番で病院へ。 「来週もう一度見せに来て下さい」どころの騒ぎではありません。 さすがに先生も一目見るなり、「点滴します」。
左手の甲に点滴の針を刺されました。 ソワは、これをされてももう泣き声を上げられないほどになっていました。 そして処置室に移され、こんな姿に。
そして、必要な点滴の量と、それにかかる時間から計算して、入院することになってしまいました。
私が夕方、仕事から病院に回ったときにはこんな様子。 ソワはまだ意識がモーローとしています。
そばで見守っているのはジュンです。
このままひたすら点滴を続け、そしてその日の深夜・・・
やっとソワが目を開けて、なんと・・・
「おとーさん、ハンバーガー、 たべたい」
・・・ とつぶやいたこの瞬間には、本当に涙が出そうになりました。
これ以降は順調に恢復し、翌29日の早朝に見舞ったときには、
「おとーさん、 おにぎり、たべたい」
とのことでしたので、早速ご所望のものを届け、回復後の最初の食事風景を見届けました。
同日の昼は病院の給食。
こちらもこのとおりの食べっぷりで、しかもその後も吐くこともなく、この日の午後に無事退院となりました。
退院後も、下痢がしばらく残ってしまい保育園もお休みしておりましたが、それも今日(4月3日)にはほぼなくなり、明日から保育園に復帰できそうです。
ちなみにソワが入院した病室はきれいだったし、窓からの眺めもこんなでした。
写っている木の枝は桜です。 花の盛りの頃に入院した人は当たり、なんていう不謹慎な感想を抱いてしまうほど、目の前に桜がたくさん立ち並んでいました。
ソワが入院当日はまだこんな感じでした。
でもおかげさまで、退院後は食欲も戻り、晩にはご飯をおかわりした上、「快気祝い」のケーキまで平らげました。 兄弟そろってアニメを見られることは、本当に幸せなことだと、今度の一件を通じて改めて感じました。
地震その後 子供たち [子どもたち]
地震の後、子供たちにもいろんな行事がありました。
子供たちも地震のことはいろいろと耳にしているようなのですが、東京に暮らす私としては、子供たちが前から楽しみにしていた行事くらいはできるだけ実現してほしいと思いました。
いくつか中止になったものもありましたが、ピナの幼稚園の卒園式、ソワの保育園の卒園および成長を祝う会は執り行われました。
あと、この期間中にピナは5歳の誕生日を迎えました。
まず17日は、ピナの幼稚園の卒園式でした。 ピナは今年は送る側です。
卒園する年長組に仲の良い子がいたピナは、その子が目の前を通り過ぎていったとき、こんな顔になってしまいました・・・
私は式には出席していなかったのですが、他の子のお母さんから聞いた話では、式ではピナは結構大変だったようです。
その話によると、
年長組がお別れの歌を歌い出したとき、その中の何人かが泣き出した
↓
ピナがもらい泣き開始
↓
その声がクレッシェンド
↓
その泣き声はますます大きくなり、ついに司会の教頭先生のマイクの声が通らないまでに
↓
やむを得ず式を中断し、担任の先生がピナをなだめにかかる
↓
数分後、ようやく静まり、式再開
ということだったそうです。
一部のお母さんからは、「ピナちゃんは感情が豊かな子ね」 といわれましたが、普段からピナの行状を目にしている私としては、単に興奮しやすく、激情派なだけだと分かっているので、ああまたやってしまったか、という感じでした。
翌18日はピナの5歳の誕生日。
この地震の余波で、いろんなことが自粛ムード、またスーパーに行ってもあまり食材がないような中での誕生日となりました。
うちでも、親戚の何人かがすでに絶望的、などの未確認情報が流れています。
私も、ピナから誕生日プレゼントの具体的なリクエストを聞いていたにもかかわらず、それを調達する暇も余裕もありませんでした。
でも、一生に一度しかない5歳の誕生日。 せめてできるだけのことをしてあげたいと思い、午後を休みにしてピナ、妻と一緒にケーキを作りました。
本当ならもらえるはずのプレゼントのない誕生日。
「地震だからしょうがないよ。 仙台のおじいちゃん、地震で怖いんだし」
という、ピナの気丈な言葉に、5歳になったことを実感しました。
明けて19日は、ソワの通う保育園での卒園式。 ソワはもちろん送る側です。
送る側の小さな子供たちも、「成長を祝う会」と題していろんな出し物をやりました。
ソワの所属する2歳児クラスは歌と踊り。
保護者たちが居並ぶ異様な雰囲気に、泣き出してしまってまったく演技にならない子が多かったのですが、ソワはこういう席では肝っ玉が座っているらしく、一人超然として演技らしいものをしていたのには、親ながら感心してしまいました。
踊りの様子、保育室の飾りなど、いろいろ面白かったのですが、どうしても他の子の顔が入ってしまうので、ここにはソワのポワーンとした様子しか載せられないのが残念です。
週末、しばらく空けてしまった横浜の家へ。
玄関前には、水仙が咲きそろっていました。 また、チューリップもしっかり芽を出していました。
今年の冬は寒い日が多かったので、チューリップの球根もしっかり寒さに晒されたと思います。きれいな花が咲くものと期待しています。
しばらく見ないうちに、クリスマスローズはすでに盛りを過ぎていました。
子供たちと公園に行きましたら、こちらには白木蓮が (木によりますが)。
いろいろと大変でもあり、ストレスの多かった1週間でしたが、それゆえにと言うべきでしょうか、子供たちは公園で元気いっぱいに遊びました。 私も久々にまるまる半日一緒に外で遊びました。
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
(動画のアップがうまく行ってないかもしれません。 今後研究します)
地震の余波の写真をひとつだけ。
私の職場の近くに、小さなガソリンスタンドがあります。 普段はそれほど混んでいるのを見かけたことのないところなのですが、地震の後のガソリン逼迫騒ぎはこんな光景を現出させてしまいました。
一番左は給油待ちの車の列。 スタンドはどこにあるかというと、写真の一番右手奥、道路標識のあるところのちょっと先です。 何か背筋の寒くなるものを感じました。
昔、オイルショックのときにも、ここまでのことはなかったような気がしますが・・・
子供たちも地震のことはいろいろと耳にしているようなのですが、東京に暮らす私としては、子供たちが前から楽しみにしていた行事くらいはできるだけ実現してほしいと思いました。
いくつか中止になったものもありましたが、ピナの幼稚園の卒園式、ソワの保育園の卒園および成長を祝う会は執り行われました。
あと、この期間中にピナは5歳の誕生日を迎えました。
まず17日は、ピナの幼稚園の卒園式でした。 ピナは今年は送る側です。
卒園する年長組に仲の良い子がいたピナは、その子が目の前を通り過ぎていったとき、こんな顔になってしまいました・・・
私は式には出席していなかったのですが、他の子のお母さんから聞いた話では、式ではピナは結構大変だったようです。
その話によると、
年長組がお別れの歌を歌い出したとき、その中の何人かが泣き出した
↓
ピナがもらい泣き開始
↓
その声がクレッシェンド
↓
その泣き声はますます大きくなり、ついに司会の教頭先生のマイクの声が通らないまでに
↓
やむを得ず式を中断し、担任の先生がピナをなだめにかかる
↓
数分後、ようやく静まり、式再開
ということだったそうです。
一部のお母さんからは、「ピナちゃんは感情が豊かな子ね」 といわれましたが、普段からピナの行状を目にしている私としては、単に興奮しやすく、激情派なだけだと分かっているので、ああまたやってしまったか、という感じでした。
翌18日はピナの5歳の誕生日。
この地震の余波で、いろんなことが自粛ムード、またスーパーに行ってもあまり食材がないような中での誕生日となりました。
うちでも、親戚の何人かがすでに絶望的、などの未確認情報が流れています。
私も、ピナから誕生日プレゼントの具体的なリクエストを聞いていたにもかかわらず、それを調達する暇も余裕もありませんでした。
でも、一生に一度しかない5歳の誕生日。 せめてできるだけのことをしてあげたいと思い、午後を休みにしてピナ、妻と一緒にケーキを作りました。
本当ならもらえるはずのプレゼントのない誕生日。
「地震だからしょうがないよ。 仙台のおじいちゃん、地震で怖いんだし」
という、ピナの気丈な言葉に、5歳になったことを実感しました。
明けて19日は、ソワの通う保育園での卒園式。 ソワはもちろん送る側です。
送る側の小さな子供たちも、「成長を祝う会」と題していろんな出し物をやりました。
ソワの所属する2歳児クラスは歌と踊り。
保護者たちが居並ぶ異様な雰囲気に、泣き出してしまってまったく演技にならない子が多かったのですが、ソワはこういう席では肝っ玉が座っているらしく、一人超然として演技らしいものをしていたのには、親ながら感心してしまいました。
踊りの様子、保育室の飾りなど、いろいろ面白かったのですが、どうしても他の子の顔が入ってしまうので、ここにはソワのポワーンとした様子しか載せられないのが残念です。
週末、しばらく空けてしまった横浜の家へ。
玄関前には、水仙が咲きそろっていました。 また、チューリップもしっかり芽を出していました。
今年の冬は寒い日が多かったので、チューリップの球根もしっかり寒さに晒されたと思います。きれいな花が咲くものと期待しています。
しばらく見ないうちに、クリスマスローズはすでに盛りを過ぎていました。
子供たちと公園に行きましたら、こちらには白木蓮が (木によりますが)。
いろいろと大変でもあり、ストレスの多かった1週間でしたが、それゆえにと言うべきでしょうか、子供たちは公園で元気いっぱいに遊びました。 私も久々にまるまる半日一緒に外で遊びました。
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
(動画のアップがうまく行ってないかもしれません。 今後研究します)
地震の余波の写真をひとつだけ。
私の職場の近くに、小さなガソリンスタンドがあります。 普段はそれほど混んでいるのを見かけたことのないところなのですが、地震の後のガソリン逼迫騒ぎはこんな光景を現出させてしまいました。
一番左は給油待ちの車の列。 スタンドはどこにあるかというと、写真の一番右手奥、道路標識のあるところのちょっと先です。 何か背筋の寒くなるものを感じました。
昔、オイルショックのときにも、ここまでのことはなかったような気がしますが・・・
ひな祭り前後 [子どもたち]
ここのところしばらく多忙でブログにかまっている時間がなく、今日は久々の更新です。
ちょっと過ぎてしまいましたが、ひな祭り前後の子どもたちの様子です。
仕事の関係で4日に家でひな祭りをやりました。
現在、諸々の都合で横浜市内(家があるところ)と東京(職場の近く)の二重生活になってしまっている私たち家族。
ひな人形はあるのですが横浜に置いてきてしまっています。東京の住居は狭いので。
それで、今年は子どもたちが作ってきた作品とともにひな祭りです。
まず、ピナが幼稚園で作ってきた作品です。 ピナの作品らしく、笑顔満面のおひな様です。
次はソワが保育園で作ってきたもの。 おおもとの形はもちろん保育士さんたちが作って、ソワは顔を描いたということのようです。
・・・ 2歳の子が作ったにしてはまあまあよくできているかな・・・ と思いました。
ひな祭りということで、ちらし寿司を作ったのですが、子どもたちに聞くとこういうものを食べたのは初めてとのこと。 今まで、こうした伝統行事をちょっとおろそかにしてきたか、と反省しました。
当日のちらし寿司。 ソワの分です。
デザートは季節もの、いちごケーキ。
スポンジ生地は妻が作り、生クリーム泡立ては私、そしてその生クリームを生地に塗ってイチゴをまぶすところは子どもたち、と分担した、家族総出の作品(?) です。
しばらく子どもたちが静かにしているなあ、と思いましたら・・・
・・・ 何やらケーキに向かって一心不乱に作業中 ・・・
なんと、冷蔵庫にあったブルーベリーを勝手に持ち出してきて、それをケーキに乗せていました。
ピナ曰く、「ケーキでよくこういうのあるでしょ」 とのこと。
しかし子どもはよく見ていますね、こういう事だけは。
仕事が落ち着いて、二重生活状態が解消されたら、家で本当のおひな様を飾って、こういう風に伝統行事を祝いたいと願っています。
ちょっと過ぎてしまいましたが、ひな祭り前後の子どもたちの様子です。
仕事の関係で4日に家でひな祭りをやりました。
現在、諸々の都合で横浜市内(家があるところ)と東京(職場の近く)の二重生活になってしまっている私たち家族。
ひな人形はあるのですが横浜に置いてきてしまっています。東京の住居は狭いので。
それで、今年は子どもたちが作ってきた作品とともにひな祭りです。
まず、ピナが幼稚園で作ってきた作品です。 ピナの作品らしく、笑顔満面のおひな様です。
次はソワが保育園で作ってきたもの。 おおもとの形はもちろん保育士さんたちが作って、ソワは顔を描いたということのようです。
・・・ 2歳の子が作ったにしてはまあまあよくできているかな・・・ と思いました。
ひな祭りということで、ちらし寿司を作ったのですが、子どもたちに聞くとこういうものを食べたのは初めてとのこと。 今まで、こうした伝統行事をちょっとおろそかにしてきたか、と反省しました。
当日のちらし寿司。 ソワの分です。
デザートは季節もの、いちごケーキ。
スポンジ生地は妻が作り、生クリーム泡立ては私、そしてその生クリームを生地に塗ってイチゴをまぶすところは子どもたち、と分担した、家族総出の作品(?) です。
しばらく子どもたちが静かにしているなあ、と思いましたら・・・
・・・ 何やらケーキに向かって一心不乱に作業中 ・・・
なんと、冷蔵庫にあったブルーベリーを勝手に持ち出してきて、それをケーキに乗せていました。
ピナ曰く、「ケーキでよくこういうのあるでしょ」 とのこと。
しかし子どもはよく見ていますね、こういう事だけは。
仕事が落ち着いて、二重生活状態が解消されたら、家で本当のおひな様を飾って、こういう風に伝統行事を祝いたいと願っています。
盛りだくさんの休日 [子どもたち]
私は、昨日は一日仕事でまったく家にいなかったので、今日は朝から子供たちにいろいろつきあいました。
まずは朝、ピナのホットケーキ作り。
前からやってみたい、とピナが言っていたことで、私の方針転換(子供にも料理器具をいじらせる)により、今日ようやく念願が叶いました。
最初、何枚かお手本を見せてから手を出させたのですが・・・
こちらの心配をよそに、予想以上の手際の良さとできばえ。 ミックスをフライパンに垂らすところも、そしてひっくり返すところも。
やっぱりこういうことは、積極的に手を出させるべきだと痛感しました。
夕方は、家族でちょっと外に出かけました。
これまで遠巻きには何度も目にしていた東京スカイツリー。
すぐ近く(隅田公園)まで行くと、遠巻きで眺めているのとはまったく違う迫力で、子供たちも興奮していました。
あいにく、着いた頃から雲が出始めたのですが、日が沈む頃、少しの間西日に映えるタワーの光景を見られました。
スカイツリーは今年中に完成する予定なので、完成の後にはまた展望台にも行ってみたいと思います。
ただ、工事中の姿というのは今しか見られません。 てっぺん近くにクレーンが3台据え付けられているこの姿と一緒に子供たちを写真に収め、スカイツリー建設中の東京という、歴史の証人になってもらいました。
まずは朝、ピナのホットケーキ作り。
前からやってみたい、とピナが言っていたことで、私の方針転換(子供にも料理器具をいじらせる)により、今日ようやく念願が叶いました。
最初、何枚かお手本を見せてから手を出させたのですが・・・
こちらの心配をよそに、予想以上の手際の良さとできばえ。 ミックスをフライパンに垂らすところも、そしてひっくり返すところも。
やっぱりこういうことは、積極的に手を出させるべきだと痛感しました。
夕方は、家族でちょっと外に出かけました。
これまで遠巻きには何度も目にしていた東京スカイツリー。
すぐ近く(隅田公園)まで行くと、遠巻きで眺めているのとはまったく違う迫力で、子供たちも興奮していました。
あいにく、着いた頃から雲が出始めたのですが、日が沈む頃、少しの間西日に映えるタワーの光景を見られました。
スカイツリーは今年中に完成する予定なので、完成の後にはまた展望台にも行ってみたいと思います。
ただ、工事中の姿というのは今しか見られません。 てっぺん近くにクレーンが3台据え付けられているこの姿と一緒に子供たちを写真に収め、スカイツリー建設中の東京という、歴史の証人になってもらいました。
近所のもちつき [子どもたち]
今日の日曜日は、近所の稲荷神社でもちつき会がありました。
私はこの行事を知らなかったのですが、長男が学校でこれを聞きつけてきて楽しみにしていたので、へえ、そんなことがあるのか、と思ったというわけです。 気をつけて近所の町内会掲示板を見ますと、確かにこの会のお触れが出ておりました。銘打って、「二の午 神事およびもちつき大会」 とのこと。
小さな神社で、こう言っては失礼ですが普段は人気もないところなのですが、今日はたくさんの幟が立って、町内会の役員さんたちとおぼしき方々がせわしく出たり入ったりしていました。
簡単な神事の後、餅つき開始。
せいろで餅米をふかし、ふかし具合を確かめて臼に運び、若手の人たちがかけ声とともに杵を振り下ろす、という、近年なかなか見られなくなった本格的なものでした。
すっかりつき上がって、もう大丈夫、となったところで子供に手を出させてくれました。
ジュンは一応一人で。
ピナとソワは一緒に。
つき上がったお餅を、女性陣が手際よく、きなこ餅とあんころ餅の詰め合わせにしていきます。
つきたてだからそれだけでもおいしいのですが、特にこのアンコは絶品でした。どこで手に入れるのかきいてくればよかったが忘れてしまいました。
ソワが境内を走り回るので、しばらくそれについて歩き、息を切らして餅つき会場に戻ってきたら、
ジュンとピナは知らん顔して・・・こういうことになっていました。
ちなみに私は、二月も後半に入ってから餅つき大会とはちょっと季節外れだな、と思っていたのですが、この疑問を解くキーワードは上に書いた 「二の午」 のようです。
広辞苑によりますと、二月の最初の午の日が「初午」、二回目の午の日が「二の午」で、いずれも稲荷神社において豊作を祈願した神事やもちつきが古来から行われてきたとのこと。 初午の日にやるか、二の午の日にやるかは地方や神社によるらしく、たまたま私の住んでいるところは「二の午派」ということだったようです。
ひょんなことから、日本の伝統行事について一つ勉強してしまいました。 おまけにおいしいもの付きで。
私はこの行事を知らなかったのですが、長男が学校でこれを聞きつけてきて楽しみにしていたので、へえ、そんなことがあるのか、と思ったというわけです。 気をつけて近所の町内会掲示板を見ますと、確かにこの会のお触れが出ておりました。銘打って、「二の午 神事およびもちつき大会」 とのこと。
小さな神社で、こう言っては失礼ですが普段は人気もないところなのですが、今日はたくさんの幟が立って、町内会の役員さんたちとおぼしき方々がせわしく出たり入ったりしていました。
簡単な神事の後、餅つき開始。
せいろで餅米をふかし、ふかし具合を確かめて臼に運び、若手の人たちがかけ声とともに杵を振り下ろす、という、近年なかなか見られなくなった本格的なものでした。
すっかりつき上がって、もう大丈夫、となったところで子供に手を出させてくれました。
ジュンは一応一人で。
ピナとソワは一緒に。
つき上がったお餅を、女性陣が手際よく、きなこ餅とあんころ餅の詰め合わせにしていきます。
つきたてだからそれだけでもおいしいのですが、特にこのアンコは絶品でした。どこで手に入れるのかきいてくればよかったが忘れてしまいました。
ソワが境内を走り回るので、しばらくそれについて歩き、息を切らして餅つき会場に戻ってきたら、
ジュンとピナは知らん顔して・・・こういうことになっていました。
ちなみに私は、二月も後半に入ってから餅つき大会とはちょっと季節外れだな、と思っていたのですが、この疑問を解くキーワードは上に書いた 「二の午」 のようです。
広辞苑によりますと、二月の最初の午の日が「初午」、二回目の午の日が「二の午」で、いずれも稲荷神社において豊作を祈願した神事やもちつきが古来から行われてきたとのこと。 初午の日にやるか、二の午の日にやるかは地方や神社によるらしく、たまたま私の住んでいるところは「二の午派」ということだったようです。
ひょんなことから、日本の伝統行事について一つ勉強してしまいました。 おまけにおいしいもの付きで。